「主体性を高めたい」——そう思って研修を設計しても、現場が変わらない。
そんな経験をしたことはないでしょうか。
この問いの背景にある「なぜ抽象目標では組織が変わらないのか」については、 こちらの記事で詳しく書いています。
この記事では、私が実際に試した「抽象目標を業務行動に落とす3つの手順」をお伝えします。
なぜ定義できないのか
最初の私は、「主体性=自分で考えて動くこと」のように考えていました。
ですが、これも抽象です。
- どの場面で?
- 何を判断し?
- どんな行動を取れる状態を指すのか?
そこが曖昧でした。
抽象を抽象で言い換えていただけ。
これでは何も変わりません。
そしてここが重要なのですが、この曖昧さは研修の形式とは関係がありません。
外部研修に100万円かけても、内製化して自社でやっても、”できる状態”が定義されていなければ結果は同じです。
研修の問題ではなく、設計の問題だからです。
手順① 動詞にする
まずやったのは、名詞をやめることでした。
主体性。
当事者意識。
責任感。
こうした名詞は一旦脇に置き、「何をするのか?」と問い直しました。
動詞にすると、逃げ場がなくなります。
最初にこれをやったとき、私自身が詰まりました。
「自分で考えて動く」と書いても、それはまだ動詞の形をした抽象語です。
「何を考えるのか」
「どう動くのか」
まで落とさないと、動詞にしたことにならない。
試行錯誤の末にたどり着いたのは、「仮説を立てる」「報告する」「確認を取る」といった、誰が見ても同じ行動をイメージできる言葉でした。
ここまで来て初めて、動詞として機能します。
名詞で語り続ける限り、経営者と現場の間には常にズレが生じます。
経営者は「伝えたつもり」で、現場は「何をすればいいか分からない」まま動いている。
このすれ違いの根っこは、名詞にあることが多いと感じています。
手順② 業務場面を固定する
次に決めたのは、”どの業務で使うのか”でした。
会議なのか。
トラブル対応なのか。
部下指導なのか。
場面が決まらないと、行動は現実に落ちません。
ここでよくやってしまうのが、「すべての場面で主体的に動いてほしい」という発想です。
気持ちは分かります。
ですが、それは定義ではなく願望です。
場面を絞らない定義は、現場にとって「どこでも使える=どこでも使わなくていい」になってしまいます。
私はまず、「問題が起きたときの報告」という場面に絞りました。
なぜここかというと、この場面が一番「主体性のなさ」が可視化されやすかったからです。
「トラブルが発生しました」という事実だけの報告が続いているとき、それは主体性の問題ではなく、何を報告すべきかの定義がない問題だと気づきました。
場面を一つに絞ることで、定義が一気に現実的になります。
すべてを変えようとせず、まず一つの場面で”できる状態”を作る。
それが全体に広がる足がかりになります。
手順③ 3行で書く
定義は、長く書かないようにしました。
長い定義は、現場では使われません。
今はこの3つで整理しています。
- どんな状況で
- どう判断し
- どんな行動が取れるか
例えば、 「問題が起きたとき、自分なりの対応仮説を立て、その仮説を添えて報告できる」
ここまで落として、初めて”できる状態”になりました。
この3行の形式には理由があります。
「状況・判断・行動」の3点が揃うと、評価ができるようになるからです。
「仮説を持って報告できたか?」という問いは、YesかNoで答えられる。
曖昧な評価がなくなり、振り返りの会話も変わります。
現在、私はこの手順を社内研修の設計に組み込んでいます。
研修の冒頭で「この研修が終わったとき、何ができる状態になっているか」を3行で示す。
受講者はゴールが見えた状態で学ぶので、内容が現場に結びつきやすくなります。
外部研修でも内製研修でも、この定義がなければ効果は限定的です。
研修の質より先に、設計の質が問われます。
定義すると何が変わるのか
一番変わったのは、評価と振り返りです。
「主体性があるか?」ではなく、「仮説を持って報告できたか?」と具体的に確認できる。
曖昧な評価が減り、会話が具体になります。
抽象目標のときは、感覚で話していました。
今は、行動で話せます。
今、私が大切にしていること
抽象目標を否定したいわけではありません。
理念や方向性は必要です。
ですが、理念だけでは行動は生まれない。
“できる状態”に落とす。
そこまでやって、ようやく設計になる。
完成形ではありません。
ですが、抽象から具体へ落とすこと。
これだけは、外さない軸になっています。
ただし、定義すれば終わりではありません。
続かなければ意味がない——この点については、次の記事で書きます。
